組織連携のための訓練
災害対策技術研究センターでは、北九州市危機管理室・消防局や民間企業と連携して災害時に様々な組織が効果的に連携するための訓練手法を開発してきました。この開発には、総務省消防庁や北九州市から研究費のご支援をいただきました。
組織的な災害対応能力強化のための考え方
この訓練手法は、市区町村での活用をおもに意図して開発してきましたが、以下の論点は、災害時の医療・福祉機関の連携など、さまざまな組織にも適用できます。
市区町村が効果的な災害対応を行うには、様々な部署が連携する必要があります。しかし、災害対応は非日常業務のため、担当部署が決まっていない、業務が複数の部署にまたがっていてどこが主担当かわからない、どこがお金を出すかわからない、等の問題が生じ、この調整に時間がかかります。
市区町村の災害対応改善では、これまで、リーダーの判断の質の問題が重視される傾向にあったと思います。これに対し、私どもでは、まず、部署の連携を円滑に進めるための手続き面、とくに 災害時に部署間の調整のために時間を浪費することを防ぐしくみづくりに着目しています。 私どもが提案する考え方と訓練手法(情報伝達・共有型図上訓練)により、この手続き面での課題を定量的に把握しながら 改善していくことが可能と考えます。さらに、この考え方は、自治体と住民との連携促進や、被災地の自治体に対する他地域の自治体からの広域応援の円滑化にも役立つと思います。
もちろん、判断の質は重要であり、誤った判断によって被害が拡大することがあります。しかしながら、システマティックな改善が難しい 質の問題の陰に、確実な改善が期待できる手続きの問題が隠れていることが、今まで軽視されてきたように思います。また、災害には、それぞれ特有の状況があり、臨機応変の対応が必要と言われる一方で、災害対応時に必要となる活動の多くは、災害の種類によらず共通であるとも言われます。共通であるということは、事前に何をすべきか予想ができ、訓練もできるということです。この共通部分のうち、組織連携に関わる部分を職員一同がきちんとこなせるようにしておけば、リーダーが臨機応変な対応に割ける資源が増え、質の面でも災害対応能力向上に資すると考えます。
私どもの発想は単純明快で、下図の左側のように錯綜した組織間の連携関係を右図のように整理し(意思決定ネットワーク)、このネットワークがきちんと働くようにしようというものです。
参考資料
情報伝達・共有型図上訓練を用いた危機管理体制強化マネジメントプログラム研究チーム(2014) | 市町村の災害時意思決定体制づくり、環境と消防、Vol.4、2-7. |
加藤尊秋(2014) | 組織としての災害対応能力向上に向けて:平成25年度北九州市総合防災訓練における技術実証、リスク対策.COM、Vol.42、34-43. |
北九州市立大学加藤研究室(2013-2020) |
簡単にできる机上訓練
組織的な連携を高めるための簡便な訓練として、関係者が集まり、災害対応の目的(あるいは、災害時に起きる典型的な課題)ごとに組織内外の連携図を書いて検討する方法を考案しました。これは、いわば、組織図版のDIGです。DIGでは、地域の地図をもとに危険箇所や災害発生時に使える資源などについて議論を進めますが、この訓練では、組織の連携図を描きながら災害時をイメージして問題点を洗い出します。
参考資料
加藤尊秋、長谷川有史、岡﨑龍史(2018) | 放射線業務従事者の不安低減のための講習プログラム開発3:机上訓練による緊急時組織連携体制改善(組織間連携による放射線不安軽減策の評価)、 岡﨑龍史ほか、放射線教育プログラムによる放射線業務従事者の知識向上と不安低下度の定量的解析、 厚生労働省労災疾病臨床研究事業費補助金 平成29年度 総括・分担研究報告書、pp.58-62. |
加藤尊秋、長谷川有史、岡﨑龍史(2019) | 放射線業務従事者の不安低減のための講習プログラム開発3:机上訓練による緊急時組織連携体制改善(組織間連携による放射線不安軽減策の評価)、 岡﨑龍史ほか、放射線教育プログラムによる放射線業務従事者の知識向上と不安低下度の定量的解析、 厚生労働省労災疾病臨床研究事業費補助金 平成30年度 総括・分担研究報告書、pp.65-69. |
情報伝達・共有型図上訓練
次の段階の訓練としては、災害時の時間進行を模して組織として課題に取り組む「図上防災シミュレーション訓練(図上訓練)」が挙げられます。次の図は、伝統的な図上訓練です。災害の時間進行シナリオに沿ってプレーヤー(訓練を受ける人たち)に課題を与え(状況付与)、プレーヤーは連携して対処の内容を決めます。コントローラーは裏方で、状況付与の実施などの作業を行います。伝統的な図上訓練では、振り込んだ状況付与がどのように組織の中で処理されていくか、追跡が難しく、細かい実態の把握ができませんでした。
私たちの訓練では、事前に準備した意思決定ネットワークがあるため、これに沿って情報伝達と意思決定ができたか、細かい記録を残すことができます。さらに、各部署が業務を行うためにかけた時間の長さを計測します。これらの作業は、プレーヤーに余計な負担をかけないために、評価者が独立して行います。評価者が集めた情報を集計し、定量的に分析することにより、とくに組織的な改善を要する災害対応目的は何か、情報伝達上のボトルネックとなっている部署はどこか、重要業務に時間を割くためにどこを省略すべきか、などの議論を行い、組織の改善につなげるための資料を提供します。
なお、情報伝達・共有型図上訓練は、上記の追跡作業を評価員が行う事を除けば、従来の図上訓練と同じです。したがって、今までの訓練と同じく、識者による質的な評価もできます。質的な評価に加え、組織の活動能力に関する定量的な評価を用いることで、訓練結果をさらに有効に用いることができましょう。
参考資料
加藤尊秋、麻生英輝、松元健悟、木本朋秀、白石明彦、梅木久夫、田中耕平、松本裕二、稲田耕司、日南顕次 (2014) | 図上シミュレーション訓練を用いた市町村における部局間連携能力の定量的評価、地域安全学会論文集、No.24、43-52. |
加藤尊秋、郡山一明、正代莊一、山室陽一、田中耕平、中村篤志、谷延正夫、稲田耕司、久保秀樹、 麻生英輝、松元健悟、木本朋秀、梅山吾郎、黒目剛、虎谷洸、野田五十樹、山下倫央(2017) | 情報伝達・共有型図上訓練を用いた危機管理体制強化マネジメントプログラム、 消防防災科学技術研究開発事例集VI、消防庁、pp.44-47. |
To, N. T., Kato, T., Imai, M., Taninobu, M., Kohriyama, K., and Ito, S. (2019) | Developing a time-based evaluation method for functional exercises of emergency medical operations. Safety, 5(3), 49, 1-16 |
ベトナム・ハイフォン市での活用
災害対策技術研究センターが中心となり、JICA草の根協力事業「ハイフォン市への組織連携訓練マネジメント手法導入による防災体制改善プロジェクト」として、本手法を含むさまざまな組織連携訓練手法を北九州市の姉妹都市であるハイフォン市の災害対応に活かす取り組みを行いました。コロナ禍による同地との往来困難のためにプロジェクト期間を1年間延長し、2018年8月より2021年8月まで事業を行いました。現地の消防・防災機関や病院・住宅団地の防災部門とともに組織連携の重要さを伝える研修に始まり、議論を中心とする机上訓練、通常型の図上訓練、そして、情報伝達・共有型図上訓練へと段階的に訓練の企画・実施・評価能力を高めました。
日本側からは、北九州市立大学災害対策技術研究センターのほか、北九州市危機管理室・消防局、株式会社インフォグラム、SOMPOリスクマネジメント株式会社、北九州産業学術推進機構が参加しました。ハイフォン市側では、同市公安局消防警察部が中心となり、自然災害防災対策・捜索救難委員会、ハイフォン国際病院、Viet Tiep病院、Bac Son住宅団地の防災部門を巻き込んで活動しました。また、ベトナム消防大学より助言と協力をいただきました。
参考資料
国際協力機構(JICA) 草の根協力支援型 2017年度第1回採択事業紹介 |